この時期は、なぜだか昔の事を思い出したりする。
気温のせいなのか、卒業式の習慣なのか、理由は分からないけれど、きっとそういう季節なのだ。
今日、本当に突然に、“グリーン”の事を思い出した。
グリーンは、私の地元にいた、いわゆる常人の枠を逸してしまった人で、見た目は蛭子さんのようだった。
グリーンは、(これが彼のあだ名の由来なのであるが)とにかく緑色のものを集めていた。
彼は、蔦を身体に巻き付けた。
彼は、緑色のビニール袋を被った。
彼は、緑色のゴミ箱に、執着した。
緑色のものなら、ゴミだろうと何だろうと、拾い集めた。
本当か嘘か定かではないが、“ミドリ”という名前の女性に振られたか裏切られたかして、それで緑色に執着しているのだと聞いた。
当時私は、小学校に上がるか上がらないかの子どもであったが、大人の世界を垣間みたようで、見知らぬミドリという女にドキドキした。きっと悪い女だな、と思った。
グリーンもミドリも(ミドリに至っては、実在するのかさえ分からないけれど)、同じ町に住んではいるものの、自分とは決して交わる事の無い、別の世界の人だということは、子どもながらに分かっていた。
でも1度だけ、私はグリーンと接触をしたのだった。
公園で、1人で遊んでいた時のことだった。
春だったと思う。
突然グリーンはやって来た。
小さな公園には、私とグリーンの他には、誰もいなかった。
グリーンは、とにかく怒っていた。
聴き取りづらいだけだったのか、それとも実際にそうだったのか、日本語ではない彼だけの言葉で、何かを怒っているように見えた。
私に怒っているのか、私以外の何かに怒っていて、それを私に訴えているのか、どちらかは分からなかった。
でも、なんとなく後者のような気がしていた。
少しこわかったけれど、がんばって聴き取ろうとした。
その時母がやって来て、「帰ろう」と言って、私の手を引っ張った。
急ぎ足で帰った。
言葉では言われなかったけど、「振り向いたらダメ」と、母が言っているのが分かって、私は振り向かなかった。グリーンは、追いかけて来たりはしなかった。
あの時母が来なかったら、何か起こっていただろうか?
何も起こらなかっただろうか?
それは確かめようもないけれど、今日、ひとつ勘違いをしていた事に気付いた。
グリーンは、自分を裏切ったミドリの事を(その話が本当なのだとしたら)、憎んでいるのかと思っていた。
憎しみのあまり、緑色の物に執着しているのかと思っていた。
でもそれは違うと思った。
もし憎んでいるのなら、緑色の物を身に着けたり、拾い集めたりはしないだろう。
きっと反対に、目につく緑を赤に塗ったり、燃やしたりしただろう。
グリーンは、恨んだ事はあったかもしれないけれど、ミドリの事が大好きだったに違いないのだ。
大切だったに違いないのだ。
そう思ったら、ちっともこわくなんかない。
切ない話だった。
20年以上も経った今日、なぜ急に思い出したのかわからない。
生きているとしたら、まだ緑色を集めているだろうか?
まだ、ミドリの事を、好きなのだろうか?
多分、好きだろうな、と思った。
「グリーングリーン」